LD等の用語解説
日本LD学会が発行している
「LD・ADHD等関連用語集【第4版】」より
主要な用語を抜粋して転載しています。
学習障害learning disabilities
学習障害(LD)という概念は、1960年代初頭に米国で、知能障害のない発達障害のある児童生徒への関心の高まりとともに、カーク(Kirk, S. A.)らによって教育用語learning disabilitiesとして登場し、全世界に広がっていった。1970年代の初め、本邦では学習能力障害と訳されたが、やがて学習障害に定着し、ADHDや高機能自閉症等とともに特別支援教育における知能障害のない発達障害として認知された。
我が国では、1990(平成2)年度、文部省に置かれた「通常学級に関する調査研究協力者会議」において初めて公的な検討がなされ、その後、「学習障害児等に対する指導について(最終報告)」(文部省、1999年7月)において以下のように定義される。
「学習障害とは、基本的に全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す状態を指すものである。学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接の原因となるものではない。」
一方、医学領域では1950年代から60年代にかけて微細脳機能障害(MBD)という概念が登場し注目されたが、やがて学力を中心とする学習の特異な困難と多動等の行動的な困難さを特徴とするADHDとを分離して診断するようになった。医学定義(DSM-5)では、学力の三要素、読字・書字・計算の特異な困難を総称して限局性学習症(specific learning disorder)という診断名が用いられる。「聞く、話す」といった口頭言語に見られる特異な困難はコミュニケーション障害として分類される。また読みや書きの障害については、伝統的な用語である「ディスレクシア(dyslexia)」を使う場合があるが、LDの臨床タイプの1つを表す別称である。
歴史的な変遷の中で、LDの定義も当初のセーフティネットとしてのやや包括的な概念から、今日のアカデミックスキルを中心とした概念へと定着してきた。
近年、「学び方が異なる」という意味からlearning differencesといったLDの理解が大切ではないかという考え方も出てきている。
限局性学習症
(限局性学習障害)specific learning disorder
米国精神医学会による診断と統計のためのマニュアル第5版(DSM-5)における学習障害の医学的診断名である。WHOのICD-10では「学習能力の特異的発達障害(specific developmental disorders of scholastic skills)」が該当する。読字、書字、計算などの特定の学業的技能が、その人の暦年齢に期待されるものよりも著明にかつ定量的に低く、知的能力や視力・聴力、精神・神経疾患、心理社会的な貧困、言語の習熟度不足、不適切な教育指導によってはうまく説明できない場合をいう。
DSM-5では、以下の症状のうち少なくとも1つが存在すること、としている。(1)(2)が読字障害、(3)(4)が書字表出障害、(5)(6)が算数障害であり、複数の症状がある場合は併記する。
- 不的確又は速度が遅く、努力を要する読字。
- 読んでいるものの意味を理解することの困難さ。
- 綴字の困難さ。
- 書字表出(文章を書くこと)の困難さ。
- 数字の概念、数値、計算を習得することの困難さ。
- 数学的概論(問題を解くために数学的な概念・事実・方法を適用すること)の困難さ。
DSM-5では、知的能力に問題がなく(IQ70以上)、学業的技能がその知的能力では説明できないほど低い場合は、限局性学習症と診断可能である。一方、文部科学省の学習障害の定義でも知的障害がないことを前提としているが、その対応については、「知能検査の結果が、知的障害との境界付近の値を示すとともに、聞く、話す、読む、書く等のいずれかの学習上の基礎的能力に特に著しい困難を示す場合の教育的対応については、その知的発達の遅れの程度や社会的適応性を考慮し、学習障害として、通常の学級等において学習上の基礎的能力の困難を改善することを中心とした配慮を行うか、知的障害として特殊学級において学習上の困難への対応を工夫することが適当である。」とし、学習障害と判断するかどうかよりも支援に重きを置いた視点になっていることに留意が必要である。なお、DSM-5は症状・状態像に基づく診断であり、原因については特定していない。
発達障害developmental disabilities
発達障害について統一された定義は現時点では存在しない。公に「発達障害」を論じたのは、米国連邦議会が1970(昭和45)年に制定した法律(Developmental Disabilities Services and Construction Act, PL91-517)からと言われている。この法律で言う発達障害は、知的障害のほか、脳性麻痺、視聴覚障害、てんかんなど多彩な状態を含んでいた。
医学領域では、1987(昭和62)年に米国精神医学会の診断分類であるDSM-III-Rにより「発達障害」(developmental disorders)の概念が導入され、認知、言語、運動、社会的スキルの習得や障害が基本的問題で、全般的な発達の遅れや特定の技能の獲得や習熟の遅れ、あるいは発達の質的歪みとして現れ、慢性的な経過をたどるとされた。ただし、発達障害という診断カテゴリー自体は設定されていなかった。
ICD-10(1992)においては、発達障害という診断カテゴリーはなく、発達障害は、「精神遅滞」、「心理的発達の障害」(知的障害とADHD以外の発達障害が含まれている)、「小児期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害」(ADHDが含まれている)の3つのカテゴリーに散在して位置づけられている。その特徴として、中枢神経系の生物学的成熟に深く関係した機能発達の障害あるいは遅延で、障害される機能には、言語、視空間技能、協調運動が含まれることが多く、発症は乳幼児期あるいは小児期であるとされている。
発達障害に関する診断カテゴリーが設定されたのは、DSM-5(2013)においてである。神経発達症群(神経発達障害群)という大カテゴリーが新設され、日常生活、社会生活、学業、職業上における機能障害を引き起こす発達の問題が発達期に出現するものと説明されている。下位分類としては、知的発達症(知的発達障害)、コミュニケーション症群(コミュニケーション障害群)、自閉スペクトラム症(自閉症スペクトラム障害)、注意欠如・多動症(注意欠如・多動性障害)、限局性学習症(限局性学習障害)、運動症群(運動障害群)、チック症群(チック障害群)、他の神経発達症群(他の神経発達障害群)などがある。チックは、発達期に症状が出現し、発達とともに状態が変化するという特徴から含まれたものと思われる。
今後、刊行される予定(※)のICD-11では、DSM-5と同様の神経発達症群のカテゴリーが新設され、その下位分類もDSM-5とほぼ同様のものになっている。ただし、ICD-11ドラフト版では、個々の発達障害の下位分類がDSM-5よりも細かく設定されている。
なお、日本の発達障害者支援法(2005年)で発達障害は、「自閉症、アスペルガー症候群(障害)その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害」とされている。知的障害は、すでに支援する法律があったため、この法律の対象から除かれている。発達障害者支援法における発達障害の定義は、法律による支援の対象を限定するためのもので、学術的な定義とは異なる点に留意すべきである。
※記載は本書発行時(2017年11月)時点のもの
注意欠如・多動症(ADHD)attention-deficit/hyperactivity disorder
注意欠如・多動症(以下ADHD)は、注意欠如(不注意)、多動性(過活動と落ち着きのなさ)、衝動性(衝動抑制不良と自己抑制能力低下)の3つの特徴がいくつかの組み合わせで出現する、小児期によく認められる神経行動障害であるが、成人にもち越すことも多く、基本的には一生涯続くものと考えられる。このような症状は広汎にわたり、日常生活において個々の能力の発揮を妨げる。患児は通常、学業不振、家庭や友人との人間関係、自尊心の低下に関する問題を示す。DSM-5ではASDなど他の発達障害とともに神経発達症群(neurodevelopmental disorders)の下位項目となり、青年期以降の診断基準の追加やASDとの合併が認められること、混合型などに代わり、「混合して存在「不注意優勢に存在」「多動・衝動優勢に存在」と表現することなどの変更点がある。
原因としては遺伝的要因が大きいが、中枢神経系の障害、有害物質に対する曝露(胎児性アルコール症候群や鉛中毒)、中枢神経系の感染症、低出生体重児など胎児期および出生後の環境的因子も重要な役割を果たしている。有病率は学齢期の3〜5%と推定されているが、見過ごされているケースや他の疾患と誤診されている場合も少なくない。年齢が高くなるにつれて臨床症状は変化し、学齢前期に見られた落ち着きのなさや攻撃性などにかわって、注意力の欠如が目立ってくることが多い。またASD、LD、発達性協調運動症(DCD)など他の発達障害や精神疾患と併存していることが多い。治療法としては心理社会的療法と薬物療法がある。
日本語訳について、『精神神経学用語集改訂6版』(2008年6月:日本精神神経学会)において、注意欠如・多動性障害(略語はこれまでどおりADHD)と、さらにDSM-5では、注意欠如・多動症(注意欠如・多動性障害)と変更された。
自閉スペクトラム症
(自閉症スペクトラム障害)(ASD)autistic spectrum disorder
自閉症ならびにその近縁疾患は、ICD-10およびDSM-IVでは広汎性発達障害(PDD)としてまとめられ、自閉症やアスペルガー症候群など4つの下位分類により構成されていた。しかし、これら下位分類を区別する妥当性はないとする考え方が一般的となり、DSM-5において下位分類が廃止され、自閉スペクトラム症という名称に統一された。
ASDでは、診断基準の考え方も変更された。診断基準の内容自体はPDDとASDで大きな違いはないが、PDDで3項目であった症状項目が2項目にまとめられた。PDDでは診断基準3項目の一部を満たさない状態を特定不能の広汎性発達障害(PDDNOS)と診断できることになっていたが、ASDでは診断基準の全てを満たすことが診断のための必要条件とされた。PDDNOS診断によりPDD概念が拡散している状況を抑制することが、この診断基準変更の主な理由として挙げられている。この診断基準の変更により、これまでPDDと診断されていた状態であっても、DSM-5ではASDと診断されない場合が生じることが報告されている。その割合は、7〜68%と報告によりまちまちであるが、少なくとも10〜15%はASDと診断されなくなると推定されている。なお、これまでにPDDのどれかのタイプの診断を受けていた場合に対しては、そのままASDの診断に変更してかまわないという移行措置がとられている。
下位分類がなくなりASDという1つの診断名となってしまったことで、診断名だけでは子どもの状態像がわかりにくくなることが想定される。そうした状況を避けるため、ASDでは特定事項(知能障害、言語障害、身体的問題、他の発達障害、精神疾患、行動障害、カタトニアなど)が多数設定され、これら特定事項の有無や内容を診断名に併記することが推奨されている。カタトニアとは、じっと動かなくなってしまったり、動作が緩慢となったり、それまでできていたことができなくなったり、話さなくなったりするものである。情緒的に混乱しているときに生じやすい。
ASDでは、3段階の重症度が新設されている。ASDの2つの基本症状の状態から支援の必要度が総合的に判断され、レベル1〜3までの重症度が設定される。これまでも重度の知的障害を伴う自閉症に対しては、重症という見方がされてきたが、DSM-5の重症度は、知的障害の有無や程度とは別にASDとしての症状の重篤さを評価するものである。知能障害のないASDは、これまでは「軽い」と見られることがしばしばあったが、ASDとしての重症度を示すことで必要な支援を要望しやすくなることが期待される。