連続講座「新学習指導要領時代における学びの多様性をいかすための一貫した支援」

第1回今、問い直す、Learning Differencesの理解と支援

岡野 由美子(奈良学園大学人間教育学部)

LD定義を再考するという提議

先だって日本LD学会第28回大会が、「LDの『定義』を再考する」をテーマに掲げ、盛大に行われた。中でも、大会及び学会企画シンポジウムでは、LD概念の歴史から、日本における定義の成立過程とその指導・支援の現状と課題、さらには教員免許状の見直しと新たな免許状の創設にも触れるなど、今後の展望が提案され、議論が交わされた。

文部科学省のLDの定義は、周知の通り「学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接の原因となるものではない。」である。この定義により、LD は知的障害とは異なるという認識は浸透してきた。

しかし、どのように異なるのか?ということに踏み込んでの説明はやや曖昧になる人は多いのではないか。それは、LDの状態像が個々に異なること、そして学齢が上がるにつれ根本的な障害による困難さが見えにくくなり、一般的な勉強のできなさと混同されがちであることに現れている。日本精神神経学会が作成した「DSM-5病名・用語翻訳ガイドライン」により、LD(Specific Learning Disorders)は限局性学習症/限局性学習障害と示された。「限局性」とつけられたことで、全般的な知的発達の遅れのある状態とは異なる事を明確化したと言える。

しかし、現在の定義の「何らかの」という言葉からも印象付けられる曖昧さが、現場の混乱やLDの理解の難しさにつながっているのではないだろうか。

学習指導要領の改訂

このような状況の中、学習指導要領が改訂され、小・中学校、高等学校の各教科等の解説に、障害のある児童生徒に対する配慮事項が示された。通常の学級には、障害のある児童生徒のみならず教育上特別の支援を必要とする児童生徒が在籍していることが前提であること、そして通常学級に在籍している学習障害のある児童生徒に対し、必要な支援を行うことは特別なことではないと明確に示されたということである。特別な支援が、特別なことではなくなるということは、インクルーシブ教育の理念の目指すところである。支援が必要なときに必要なだけ届くというシステム作りは今後一層充実を目指すことになる。

そして、そのためには個別の教育支援計画、個別の指導計画については校内で作成及び活用のためのシステム作りが必要であること、障害のある児童生徒の担任や特別支援教育コーディネーターに任せるのではなく、全ての教師の理解と協力が必要であると示された。これを実現することは、何も特別なことではないという。ゆえに現状をどう分析し手立てを打つべきか、各々で計画的に組織的に行うことが求められているのである。

また、各教科編では、学習障害のある児童生徒等への支援について、起こりうる困難さに対する指導の工夫の意図と手立ての事例が述べられている。例えば、小学校の国語科においては、「文章を目で追いながら音読することが困難な児童には、自分がどこを読むのかがわかるように、教科書の文を指等で押さえながら読むように促したり、見えやすいように行間を空けるために拡大コピーをしたものを用意したり、後のまとまりや区切りがわかるように分かち書きされたものを用意したり、読む部分だけが見える自助具(スリット等)を活用したりすること」など、具体的に挙げられている。

ところで、学習障害のある児童生徒はそのような困難を示すことがあるが、これが、学習障害によるものなのかどうかということを、通常の学級の担任が即座に見極めることは難しい。学習障害に由来する特異な困難さであるのか、知的障害によるものなのか、また、小学校低学年からの適切な支援が行われなかった結果、学習全般に遅れが生じてしまった、もしくは意欲を失い取り組もうとしていない状態なのか、判断は難しいと思われる。学習障害という概念が知られる以前とは異なり、医療や様々な支援機関等によって診断、支援がなされるようになってきてはいるものの、学校現場でこのような状態を示す児童生徒に対して、実態を的確に把握し、具体的で明確な指導計画のもと指導を行うことはまだ十分ではないのではないだろうか。

学習指導要領が改訂され、具体的な事例が示されたたことにより、全ての教員は学習障害を含め種々の障害を有する児童生徒の困難さに目を向け、的確な実態把握に基づく、効果的な指導・支援が展開されることが求められている。

学びの多様性に応じた指導・支援へ

学びの連続性を担保することを意図して、個別の教育支援計画、個別の指導計画を作成し、継続した教育的ニーズに応えることが推進されてきた。しかし、在籍校で共通理解のもと進められてきた支援が、進学先校では受けられないなど、引き継ぎの難しさが課題としてあげられたりしている。

読めない、書けないことで苦しんできた当事者の声により、学校教育の課題はますます明らかになり、教師に求められる指導力も幅広く深くなってきた。そこでは、学びの連続性のみならずその多様性を理解し、教え方に反映させていくこと、指導上の工夫を場当たり的ではなく根拠あるものとしていくことが求められている。通級による指導を担う教員は、この点においてまさに校内のキーパーソンであり、全ての教員を支え、通常の学級の指導支援につなげるためにもその資質の向上が求められる。

本学会では、学習障害についてのアセスメントと指導・支援のためのツールとしてLD-SKAIPを開発し、その一助となるべく普及が進んでいる。また、文部科学省は「初めて通級による指導を担当する教師のためのガイド」を令和2年3月に発行したが、これも通級による指導の役割を今一度明確に示すための施策となっている。学習指導に関わる支援者が、子どもたちの学びの多様性を理解し、その多様性に応じた指導ができる専門性の向上が期待されている。

本大会における、LD定義の再考という投げかけは、各関係機関、教員、支援者、とりわけ学会員に、今改めて立ち止まり、本学会の意義をそれぞれが噛み締める機会となったことは間違いがないであろう。

中でも、LDの、LearningDiversityと捉えるという提案は、私たちに新たな視点を投げかけた。そこで、今回は新シリーズとして、「学びの多様性を生かすための一貫した支援」、と称して各発達段階における支援者の方々から、それぞれの立場における、LDの理解と支援について特化した話題提供をいただく。本分野のさらなる深まりと広がりが期待されるところである。

文献

  • 田中容子,柘植雅義,上野一彦,原仁,田中裕一(2020),「LDの「定義」を再考するⅣ」 -LD定義を前提にした合理的配慮とは- ,LD研究,29(1),5-16.

  • 小野次朗,緒方明子,吉利宗久,熊谷恵子,片岡美華,柘植雅義,上野一彦(2020),「発達障害を中心とする教員免許状の創設の可能性」 -通級指導教室・特別支援学級における指導の専門性を確保するための施策- ,LD研究,29(1),17-32.

  • 文部科学省(2020),「初めて通級による指導を担当する教師のためのガイド」